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Interview

TSUNAGARing

国際協力機構(JICA)加藤 健さん「課題には国内も国際もなくボーダーレスである」

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加藤さんは以前、JICA関西の市民参加協力課で、現在はJICA本部の審査部環境社会配慮審査課でお仕事をされています。過去にJASIDJASNIDSが主催する、学生国際協力団体と国際協力に詳しいゲストの方を繋ぐTSUNAGARingに2度参加していただきました。加藤さんの学生時代や現在のお仕事についてや、新型コロナウイルスの中での国際協力についてお考えをいただきました。

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加藤さんはどんな学生生活を過ごしていましたか?

 私は高校から慶応義塾高校に入り、そのまま慶応義塾大学に内部進学し経済学部を出ています。高校の時にどうやって学部を選んで何を学ぶか結構悩みました。理系の道もあれば、文系の道もあってどういう風に考えていくべきなのかなって考えていた時に、ずっと小さい頃からつながりのあった慶応義塾大学の哲学の先生に相談をしました。先生から示唆されたのは、アメリカの大学の考え方で言えばリベラルアーツの考え方なんですけど「まずは世の中の仕組み、考え方をよく知って、教養の幅を広げた上で、例えば、医者、教師、聖職者、弁護士といった聖職、特別の専門職の道を選ぶ考え方がある」ということ。そうした示唆を受けて、私は経済の仕組みを理解することで世の中の仕組みがわかるだろうと思い、経済学を選んだんです。大学に入る少し前、1992年にリオで地球サミットが開催されました。環境問題が明確に取り上げられて、持続可能な開発という概念が示されたんです。それが私の生き方、考え方にフィットして、そういう観点でより勉強していこうと思い、ゼミでは環境経済学を学びました。世の中の仕組みを学びつつ、持続可能な開発がどうあるべきかを考え勉強していました。合わせて、中学校からバレーボールをやってきたので、勉学を優先して体育会には入らなかったんですけど、準体育会でバレーボールをやって、いい仲間に出会い学生生活を送っていました。そんな感じで学生時代は勉学とスポーツ両方を楽しんでいました。そんな中で、持続可能な開発の問題を地球規模で考えていかなければいけないと考えていく中で、日本、それを超えた地球規模の問題に関心を持ち、国際協力に興味を持つに至りました。

 

地球サミットでの持続可能な開発と加藤さんの考え方がフィットしたとおっしゃっていましたが、以前からどのような考えを持っていたのですか?

 「持続可能な開発」という言葉は地球サミットで初めて知りましたが、一つの生きる指針として聖書の創世記の一章に、人間の生きる役割として「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ、海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物を治めよ」とあるんです。その治めよという部分はこの地球のスチュワードシップの考え方なんですが、人間には世の中のものを適正に動かしていくという責任があるというのが納得のいく考え方だなと思っていて、その観点で例えば環境問題を見ていくと、そこにはよく治められていない非常に大きな問題があった。どう扱っていけばいいのかと考えていく時に、まさに地球サミットでは「持続可能な開発」が提唱されていて、それに私は凄く共鳴したということです。

 

勉学だけではなくバレーボールにも取り組まれていたということで、私も中高バレーボールをしていたので親近感を湧きました。(笑)

  そうなんですか!僕のポジションはレフトでした。よくスポーツ選手が言う、ゾーン体験を僕もしたことがあって、集中力が高まった時にボールが止まって見えるとか、周りの音が気にならなくなるとか。その瞬間を今でも思い出しますね。そういう試合ができたのは法政大学との試合とか限られた瞬間だけなんですけどね(笑)

 

現在、加藤さんはJICAの環境社会配慮審査課に所属されてどのようなお仕事をされていますか?

 私は最初、日本輸出銀行に入行しました。そこから会社が国際協力銀行に組織統合されて、更にその後、国際協力銀行が分割されて一部が今の国際協力機構JICAとして統合されました。日本輸出銀行に入った時には、大学で環境経済学を学んでいたので、環境社会配慮をする部署に配属となりました。従って、20年ぶりに同じ役割の部署に戻ってきました。環境社会配慮審査はどういう仕事かと言うと、JICAの支援は、例えば、上下水道の専門家を送って、ある都市の上下水道の整備について全体の計画を立てる支援をします。どこから水を取ってどういう設備を作って、どうやって排水するか、そういった計画立案に対して技術協力をする時に、そのプランニングに基づいて、今度は実際の施設が整備されます。例えば、ダムが作られる。そこから取水する導水トンネルが作られ、浄水施設が作られ、各家庭に運ばれる給水管が作られる。環境社会配慮審査では、こうした一連の施設整備で生じる環境社会影響を把握して、できる限り環境や周辺社会への負担をおさえる方策を検討して事業に反映させる。十分な対応ができない場合には支援をしない結果にもなりうる、というものなのです。他の例を挙げれば、JICAは技術協力以外にもインフラ整備の支援を融資で、例えば40年の長期返済で支援します。例えば、発電所を作るため、道路を作るための融資をしたりするのですが、JICAの資金で設置された火力発電所の煙突からはCO2やSO2、窒素酸化物NOxなど環境や人間の人体に影響を及ぼすようなものが排出されることになる。それが現地や国際的な環境基準を満たした形でできるように事前に技術のスペックの設定を確認したり、影響を緩和する、抑制する方法を確認するというのが基本的な手法となっています。久しぶりに環境社会配慮の仕事に戻ってきて、どういうルールで環境や社会の配慮をしなければならないのかというJICAの環境社会配慮ガイドラインの10年に1度の改定をしなければならないのですが、今まさに大学の先生やNGOの方々、生物多様性や住民の権利確保、ジェンダーに詳しい方などいろんな方々と意見を交換しながらルールを改定する作業をしています。

 

環境社会配慮審査は地球環境だけではなく現地の人々や先住民族の人権尊重も考えると聞いたのですが、それらも踏まえて政策を考えているのですか?

 そこはすごく重要なポイントです。環境社会配慮とあるように、さっきお話したダムを作ると非常に広大な地域が水没します。そこでは段々畑で農業を営んでいた住民の方々がいたり、特別な文化風習をもった方々がいたりします。従って、そういう方々といかに合意形成し了解を得ながら、プロジェクト実施により従来の生活から奪われるものが回復できるような補償をして、移転をしていただいた場所で同じ生活水準が保たれるようにする。そういったことを配慮しながら支援をしていくというのも重要な側面ですね。

 

加藤さんがJICAでお仕事をしようと決めた理由は何ですか?

 大学生時代から考えていた持続可能な開発を促進できる仕事を探していて日本輸出銀行に入りました。環境経済学を学んで、世の中でいろんな市場取引がされている中で、市場では考慮されずに起きてくる環境問題などの社会的な損害、外部不経済があります。そこを市場で考慮できない場合は、是正したり調整したりするのは公共的な部門の役割でした。私が日本輸出入銀行に入る1997年くらいの時代は今でいうESG投資という利益のみならず環境や社会への配慮や公正な取引など、市場で選別してお金を流していくという時代ではまだなくて、当時は短期的なビジネスの利益が最大化できるように企業が動いていた時代でした。日本輸出銀行が企業に融資をしながら公的な役割を発揮する、環境社会配慮としてこういうところに配慮が必要ですよと提案・調整して、民間のビジネスにおいてより公的な、追加的な環境配慮をして社会により良く受け入れられるものにしていく役割が果たせるなと思い、日本輸出銀行に入りました。引き続き国際協力銀行からJICAに職場を選んでいく過程でも、環境のみならず多様な地球規模の課題にストレートに取り組める現場ということで一貫して仕事を選んできました。自分として変わってきたことは、民間企業のビジネスを環境社会配慮といったより長期的な目線で調整することは会社に入った当初はなかなか受け入れられる時代ではなかったので、もっとストレートに地球規模課題解決に焦点を当てて仕事ができるというフィールドが良いなと思って国際協力銀行に統合された際にそうした開発援助の仕事にシフトしていきました。その結果、今度は国際協力銀行の一部がJICAに統合される際に、そのままJICAに入りました。JICAの仕事は相手国政府とすることが多いのですが、政府と仕事をするということは、その国の国づくりに関わる仕事なので、相手国の抱えている貧困や保健の問題にストレートに関わることができます。そのような開発課題に直接関われる仕事の方が面白いかなと思ったわけです。ただ、この20年で時代はどんどん変わってきて、JICAの業務の中でも相手国政府だけでなく、民間のビジネスの力を借りないと当然成長は見込めず、行政よりも民間資金の方がよほど多く途上国に入っていっている時代です。従って、私が20年前に就職した時に認識していた役割が増してきており、JICAの業務でも民間のビジネスを促進してそれ自体が途上国の問題や地球規模の課題解決につながる形になってきています。

 

20年間でJICAの仕事や民間企業の動きがいろいろ変化したんですね。

明らかに変わってきていると思いますね。今は大手の銀行でも赤道原則という形でグローバルに環境面、社会面での配慮を行うことを宣言していたり、SDGsにうまく沿った形でビジネスを変えていくように企業も動いているので、社会が変わっていっていますよね。

 

 

お仕事をされている上で意識していることはなんですか?

 ずっと気を付けていることなんですが、物事の本質から目を離さないようにすることです。一つの仕事をやっていく時に、いろんな取り巻く環境があるわけです。JICAでいうと支援をする先の途上国の求めや、NGOの方々の環境社会面での指摘、そして、政治的な要素もあります。そしてJICAとして達成すべき意義や狙いがあったりして、いろんな要素を配慮しながら調整して進めていかなければならない。とかくいろんな問題、課題がたくさんある時には本来そこで目指しているものを見失ってしまう可能性があります。以前最終的に問題を判断・解決していくべき局面になった際、上司から「担当であるお前が物事の本質を見極められなかったら我々の目指すべきものが外れて行ってしまう。仕事をするときに本質を詰めて見失わないようにしろ」と言われたのをずっと覚えています。今でもそれは役立っていて、いろんな判断を下すときに、結局ここでは何を必ず確保しなければならなかったのか、どこは譲っても良いのか、というのを考えていくときに本質を見失わなければおのずと解決策が見えてくると思っています。そこは仕事において非常に気を付けているところです。

 

加藤さんにとって国際協力はどんな意味があると思いますか?

 私自身いろいろ考えが変わってきていますが、地球規模の課題はボーダーレスであり、国際・国内という分け方ではないと改めて思うようになりました。もちろん途上国の支援をしているときは途上国の置かれた状況は日本とは全く違う社会構造だと思うのですが、国内においても地域で抱えている過疎の問題や地域の活性化の問題など、それぞれの地域の異なる特性を踏まえてやっていく点では同じです。私としてはそこにボーダー、境界はなく、国際も国内もなくニーズや課題があって、それを解決できる技術やノウハウを持っているところをいかにつなげて解決できるか、そのカタリスト、触媒の役割を果たしていくことが国際協力の役割であり、そのようにして地球規模の課題の解決に貢献していけるものと思います。

 

コロナウイルスの影響で今後、国際協力の形はどのように変化すると思いますか?

 そうですね。コロナウイルスの問題の社会への打撃は非常に大きいですが、コロナウイルスで変わったところの新しい動きも私は捉えていきたいと思っているんです。東日本大震災が起きたとき、多くのボランティアが現地に入って主体的に活動に参画していく流れができました。私が関西にいた時には、JASNIDSも会員となっている「関西SDGsプラットフォーム」の立ち上げに関わりましたが、そこでは多様な分野の方々が話し合ってSDGs達成に向けて双発的にイノベーティブに持続可能な開発に取り組むという流れがあり、SDGsでもこうした新しい動きが起きています。今回のコロナウイルスでよりもっと身近な深刻な危機を私は感じるんですよね。高齢になる親が感染する可能性があったり、身近にいる医療従事者もその子どもも常に罹患するリスクを抱えていたり、また経済的に直接のダメージを受ける人が地元の商店街のよく行くお店でも直面していたりと、課題が遠く離れたものではなく、非常に身近なところにある。それゆえに、そこで自分たちが連帯して手を携えるというマインドを持ちやすくなっていると思うんです。国際ボランティアだと、ある少し遠くの国への支援となると具体的なイメージが持ちにくく「それって僕にとって私にとって何なのか」と疑念をもつ人たちが多いと思うんですが、コロナウイルスで間近に問題を抱えていると人がいる時に自分は何ができるかっという問題が目の前に突き付けられている。それによって自分ができることを何かやるという機会が増えて、課題解決に向けたアクションを起こすハードルが低くなっていて、社会の問題を理解し行動しやすい基盤が育ってきているのではないかと思います。コロナウイルスの問題を通じて身近な課題に気づいて自分が貢献できる、そういう地盤ができていっているのではないかと思っています。それが、後々は想像力を広げていけば国際協力につながっていく、そのハードルが下がってきているのではないかと思います。

 

例えば、地元の飲食店でテイクアウト商品を買うことも自分ができることの一つですか?

 まさにそうですよね。単に寄付ではなくてビジネス、経済活動の一部として、自分たちの資金をどこに回すかというのを選別しているわけですよね。そういうアクションでも課題の解決につながっていく。まさにそういうところから始められるのではないかなと思います。

 

学生にとって国際協力というと少しハードルが高いものと感じてしまうことが多いと思いますが、国際協力が身近に感じられる社会実現のために学生ができることはなにかありますか?

 国際協力という形で国境を意識するとすごくハードルが上がると思います。私は身近に感じるための一つの視点としては「SDGs」だと思っています。国境を感じさせない地球規模の課題に取り組んでいく新たな視点であると考えていて、例えば、立命館大学の方々と関西SDGsプラットフォームを通じて知り合いましたが、彼らは大学のSDGsイベントを主宰し、そしてハラルフードの視点を盛り込んだSDGsカレーを作っていました。SDGsカレーをつくり、食すことで、ムスリムの考え方の違いを料理を通じて理解して、それに集う方々にも理解してもらうという狙いがあるわけです。それって国を越えてどこかに行かなくても、自分たちの今いるその場所で、自分たちのアイデアで異なる価値観の方々を理解できる。まさに国際協力ですよね。コロナウイルスの問題もそうですが、身近なところで何ができるかを考えることで学生の方々が国際協力につながっていくことができるのではないかと思います。

 

加藤さんがTSUNAGARingや関西学院大学のイベントに参加されていますが、学生と関わってきて学生の課題はありますか?

 課題というよりはすごく可能性を感じています。私の学生の頃と比較して活動の幅も自分のアイデアに基づくアクションも活発に展開しているので、可能性を感じますね。是非そういうチャレンジを続けていってもらったら良いのではないかと思います。

 

TSUNAGARingに参加していただいた感想を教えてください。

 TSUNAGARingのアイデアってプラットフォームとしてすごく良いアイデアだと思うんです。そこに集まっている方々は大学の枠を越え、そして支援する国も多様であり、いろんな考え方をもった人たちが集まっているので、刺激しあって横の連携もして新しい活動につながるという、非常に良いアイデアの活動だなと思いました。そこで審査員という形で関わりましたが、審査するというのはもったいないくらいで、学生の皆さんが自分たちなりの活動を学生だけで動かしていることに素直に敬意をもって見ていました。

 

国際協力に関わる学生にお勧めする本を教えてください。

 私は乱読する派で、4冊ぐらい興味を持ったものを並行して読むような人間なんですが、本でなくてもマンガでも得られるのもあるし、いろんなものに触れることは必要だと思います。お薦めする本をあえて選ぶとすれば、主義主張などとは離れて、自分のルーティンの生活を確立していく上での参考になるものとして『小さな習慣』をお勧めします。この本は、すごく心理的にハードルの低いことをコツコツ続けていくと、やがてそれはルーティンになってより大きなことに取り組んでいけるというのをいろんな事例を用いながら書いてある本です。それを僕も実践をしていて、筋トレや語学を毎日一単語ずつ覚えるとか、今抱えているテーマについての本を一日一ページは読み進めていくとか、そういう細かい小さい習慣を立てながら回していく。そうすると、いつの間にかできることが増えている、というのを実践しています。

 

どんなに小さなことでもいいんですか?

 そうそうそう!「脳がこれって大変だよなって」思わない程度で進めるようにって書いてある本なんです。例えばジムで筋トレするって結構大変なことなんですが、ジムに行く時の服を着るってところをまず目標設定するとか、靴を履くところまでするとか、すごく心理的にハードルが高くないところを設定すると、次はちょっとジムまで行ってみようかなと思うようになると。ジムに行って筋トレとか何かをこなすと先に決めてそれが達成できなかったときの良心の呵責、達成できなかった感が非常に強くなって、結局持続できなくなるところを、しょうもない小さなことで達成感を高めて伸ばしていくっていうことが書かれています。それは学生の皆さんが共通して学べる面白いアプローチだと思います。

 もう一つはNHKの「らじる★らじる」をお勧めします。らじる★らじるとはNHKのラジオの過去に放送されたいろんなテーマの話が聞けるんですけど、普段自分が興味を持たない話も聞き流しながら電車に乗ったり歩いたりすると、すごく面白い新しい視点を与えたりしてくれる。自分の幅を広げるためにらじる★らじるがおすすめですね。

 

国際協力に関わる学生へのメッセージをお願いいたします。

 考えているだけではなくて「一歩踏み出してみる」、動きながら考えるぐらいの感じで小さなところでもチャレンジしていくというのが重要ではないかなと思います。さっきの話で出てきた商店街のお店の例でも、テイクアウトの商品を買おうかなと思ったときに、そのお店で働いている人たちを想いながら少しでも支援になること思いめぐらす、彼らの身になって考えるということができていると思うんです。そういう常に他者への想像力を合わせてもっていくこと、自分のキャリアアップだけにとらわれずに、他者への想像力を働かせて小さな一歩を踏み出すというのが一つ目指していただきたい点かなと思います。

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加藤さんの「課題には国内も国外もなくボーダーレスである」というお言葉がとても印象的でした。

コロナ禍でネガティブな思考に陥りやすくなってしまいがちですが、加藤さんはポジティブな側面もお考えになっていて、この状況のなか今をどう生きていくかの考えるきっかけになると思います。

取材・文

​佐野紗希 菊田 陽香

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