著:Cardinale, Bradley J., et al. Natureより
要旨
過去20年で、「生物多様性の喪失が生態系の機能にどう影響し、我々の社会にどのような影響をもたらすのか」についての理解は、目覚ましい進歩を遂げてきた。
(1980年代) 生物多様性・生態系研究の軸(What)が成立
「ある生物種の生活形態が変化してしまうと、その生物種を取り囲む生態系全体の構造や機能が変化してしまう」という見解が確立。
(1990年代) 研究対象の具体化(How)に焦点
前半:BEF(Biodiversity-ecosystem functioning)研究が進展。様々な実験手法(実験室実験・フィールド実験)によって、ある環境に生息する生物種(種類の数)の調整が可能になる。
「生態系の機能(バイオマス生産・栄養循環など)は生物多様性の変化に強く反応する」ことが証明。
後半:BEF研究の意義についての議論が活発化。現実世界の生態系と実験で作り出した生態系の整合性が問われる。
「科学的な実験手法が誤っているのであれば、これまで集積された生態系に関する研究の結果は、まったく信頼できない」という意見も。
(2000年代) 研究手法の精密化・実例の集積、新たな研究分野の確立
1.約600の研究によって、約500にもわたる生態系の調査が進展した。
2.BEF研究に加え、BES(Biodiversity and ecosystem service)研究が確立した。
BEF研究:生態系の変化が内部(環境)に与える生物・自然的影響に焦点
<示唆>
(~2000年)
①生物多様性の喪失は、生態系内部での維持効率性を低下させる。
a.生物種バランスの維持 b.バイオマス生産の維持 c.栄養素分解・再利用プロセスの維持
②生物多様性の存在は、生態系機能の安定性を、時間の経過とともに高める効果がある。
③生物多様性の損失量が多いほど、それ以上の水準で生態系は変化する。
④生物種の生態系における機能の違いが、生態系全体の効率性を高める要因となる。
⑤①cが破綻した後の生態系への影響は、①cが破綻するまでの生態系への影響よりも大きい。
⑥生物種の生態系における機能は、生態系全体の規模(絶滅への影響を含む)に大きく関連。
(2000年~)
①生物多様性の喪失が生態系に与える影響は、他の環境変動要因に匹敵する規模である。
②生物多様性のレベルと生態系の規模(地理空間)には、比例する関係がある。
③より大規模な生態系の維持にあたっては、より高いレベルの生物多様性が必要であること。
④生物多様性の喪失による生態学的影響は、進化の歴史から予測することができること。
BES研究:生態系の変化が外部(人類)に与える経済・文化的影響に焦点
<示唆>
①生物多様性は、人類に直接影響を与える(実験的証拠)、もしくは強く関連している(観察的証拠)という十分な証拠がある。
②生物多様性が人類に与える影響は、いまだ明確にされていない。(要因を区別する困難のため)
③生物多様性が人類に与える影響を評価するためのデータは、不十分である。
BEF研究では、条件を自在に扱えるため、研究成果が概ねはっきりしやすいメリットがある。
一方、制御された空間に焦点を当てることで、実際の生態系への適応が困難になっていた。
BES研究では、実際の生態系に焦点を当てるため、研究成果は確実だというメリットがある。
一方、条件を自在に変えられず、そもそも求める研究成果が得られない困難があった。
したがって、生物多様性が喪失する影響を適切に管理・軽減するためには、BEF研究・BES研究両方の知見を参考に施策を立案・実行する必要があるといえる。
また、施策を実行した結果をフィードバックすることで、研究がさらに進展していくといえる。
感想
今まで、生物多様性という言葉だけが漠然と頭の中で存在していて、なぜ生物多様性が重要なのかといった具体的な事には理解が追いついていなかった。
しかし、この論文を読んだことで、世界規模で生物多様性に関する研究がなされていることや、生物多様性が崩されることでいかに他の生物への影響が生まれ、私たちの生活にもそれが波及するのかを大まかに理解することができた。
また、ただ言葉だけで生物多様性を守る大切さを語るよりも、その喪失の影響を専門的な視点から理解することで、自然保護活動を行うことにも意味を見出せるといったことにも気づくことができた。
今後は、生態系の損失が人類に与える影響の度合いを、生態学的な視点から計測した論文を読むことで、更に自然保護の意義への理解が進むのではないだろうか。
参考文献
Cardinale, Bradley J., et al. "Biodiversity loss and its impact on humanity." Nature 486.7401 (2012): p.59.
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